巻 頭 言
 


 

 カナダの紙幣にはエリザベス女王($1,2,201000)、ウィルフレッド・ローリエ($5)、ジョン・マクドナルド($10)、マッケンジー・キング($50)、ロバート・ボーデン($100)の肖像が描かれているが、女王以外は全員元首相であり、文化人主体の日本やドイツなどとは対照的になっている。

 ところで1990年にワールド・オルマナック社が調査した「あなたの尊敬するカナダ人」のアンケート結果は、

1.ピエール・トルドー(元首相)                                                    32

2.レスター・ピアソン(元首相・ノーベル平和賞)                        18

3.なし                                                                                            17

4.ジョン・マクドナルド(初代首相)                                             15

5.ルネ・レベック(元ケベック党党首)                                          13

6.ジョン・ディーフェンベーカー(元首相)                                   9%

7.フレデリック・バンティング(インシュリンの発見者)              7%

8.ジャンヌ・ソベ(女性初の下院議長・総督)                               5%

8.ウェイン・グレツキー(アイスホッケー選手)                            5%

8.ルイ・リエル(ノースウエストの反乱指導者)                            5%

11.ブライアン・マルローニ(当時首相)                                          4%

11.テリー・フォックス(義足で大陸横断チャリティーマラソン)4%

と、最近の政治家、そして「なし」が多いのが目を引く。歴史が浅く、人口の少ないカナダには、世界に誇れるような偉大な文化人は現われなかったのだろうか。

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 私はカナダに在住していたとき、ある日系の旅行会社に籍を置き、ガイドとしての教育を受けたことがある。しかしガイドたちの語る人間像は、ときに英雄化され、偶像化され、またときにはおもしろおかしく粉飾されてきたのだった。

 私は、真実を掘り起こしたい。偉大な業績を成し遂げたカナダ人たちは、その生まれた時代の故に努力が報われることなく、彼らの名も歴史から忘れられていった。しかしそれでも夢を抱いて、困難に立ち向かっていった人たちのありのままの生涯に、あえてスポットを当てていきたい。

 

人は、その生まれた時代を超越することはできないのだろうか。エブラハム・ゲスナーは灯油の蒸留法を発見し、会社を興したが破産した。それは石油の時代が来る百年も前のことだったからである。GHQやスエズ戦争で活躍した外交官ハーバート・ノーマンは、赤狩りの時代にスパイの容疑をかけられ、悲劇的な最期を遂げた。職務に忠実なエリート公務員イーゴリ・グーゼンコは、奉仕してきた祖国の実態が欺瞞でしかないことを知り、祖国を捨てた。結核が不治の病だった時代に、気胸療法の普及に生涯を捧げたノーマン・ベチューンは、抗生物質の導入により歴史の彼方に埋没していった。彼の名が歴史に残っているのは、別な理由によるものである。田舎のはやらない開業医だったフレデリック・バンティングは、運命のいたずらでインシュリンを発見したあと、仲間たちを蹴落とし、功績を一人占めしていった。愛妻に城を建ててやろうとしたロバート・ダンズミュアは、城が完成したときすでにこの世の人ではなく、彼の家庭も崩壊していった。上流階級の虚構に嫌気がさしたアーチボルド・ベレイニーは、自由を求め家を出て、誰も想像し得ない後半生を生きた。バンクーバーにいつの日か港ができることを予見し、いち早く住人となったジョン・デイトンは、バンクーバーの今日の繁栄を見ることなく世を去った。文字を持たないインディアンに聖書を教えるため、クリー文字を考案したジェームズ・エバンスは、インディアンに知恵がつくのを恐れた政府の陰謀によってカナダを追われた。今ではアイルランド系も首相になれるご時世だが、ほんの百年前には、アイルランド系のドンネリー一家が、母国の人種差別の故に皆殺しにされている。威圧された人々は口をつぐみ、不正な裁判によって事件の真相は闇に葬られ、伝説が一人歩きし、加害者側は正義のヒーローと呼ばれているのである。だが言語を絶する差別の中で、ドンネリーの息子を生涯愛し続けた人がいたことは全く語られていない。真実が歪められようとしている。人々が懸命に生きた歴史が、忘れられようとしている。

 

 過去の歴史に目を閉ざす者は、未来にも盲目であるだろう。私は、この大いなる発展途上国カナダを愛する者の一人として、この国の真実を証ししたい。商業主義に歪められたものではなく、人の生きた歴史の真実をである。

 カナダ人たちと同様に、この作品もまた長い間評価されなかった。とある旅行社を批判した私は、この作品の掲載に関しさまざまな圧力・妨害を受けてきたのである。しかし私が取り上げたカナダ人たちは、どこか愛すべき、人間くさい奴らだった。その不器用な生き方は、どこか自分自身に似ているような気がした。そして逆境に屈することなく、自分の道を懸命に歩んで来た彼らの人生に、私自身が励まされていた。私はカナダ人たちの人生を語ることで、自分自身を人々に表現しようとしたのだろう。欠けたるところの多い者だが、人々に支えられてこの作品を世に出すことができたのである。

 

  カナダを愛する全ての人々に、そして私を支えてくれた人々に、本編を捧げる。

 

高橋 幸二 

 

 

 

 

●追記:CBCによる「最も偉大なカナダ人」2004年の調査結果

1.トミー・ダグラスCCF(今日の新民主党)の創設者、「メディケアの父」)

2.テリー・フォックス(義足で大陸横断チャリティーマラソン

3.ピエール・トルドー(元首相)

4.フレデリック・バンティング(インシュリンの発見者

5.デビッド・スズキ(日系の遺伝学者・環境保護活動家)

6.レスター・ピアソン(元首相・ノーベル平和賞)

7.ドン・チェリー(アイスホッケーコーチ)

8.ジョン・マクドナルド(初代首相)

9.アレクサンダー=グレアム・ベル(電話の発明者)

10.ウェイン・グレツキー(元アイスホッケー選手

 

 

 

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